本・コミックや物流改善のための包装機器メーカー

おかげさまで40th Anniversary

40年のあゆみ

~独自性とお客様第一主義の追求~

起業とコミックシュリンカーの誕生

創業者・大石孝一は“独自性のある機械メーカー”を目指し28歳で起業しました。約30年前、偶然の出会いから書籍包装機を手掛け「お金を出して買うお客様はきれいな本が欲しいはず」と確信。コミック包装市場を開拓していきました。

起業とコミックシュリンカーの誕生
書店様繁盛支援企業を目指して

書店様繁盛支援企業を目指して

コミックシュリンカーは手動から自動へ、自動から高速へと形を変えていきました。

修理時の代替機貸出、猫の手応援、ダイワレター発行など、お客様の声から様々なサービスが生まれました。

事業の拡大と発展

書店様の最大のお困りごとである「万引き」に着目し防犯事業に参入。

さらに、同じく本を扱う図書館・コンビニ向けにも機械を開発し、市場を広げていきました。

事業の拡大と発展

歴代主要開発製品

創業ストーリー

~変える勇気と変わらぬ姿勢~


“独自性のある機械メーカー”を目指し、ゼロからのスタート。

私は28歳の時に株式会社ダイワハイテックスを創業しました。
得意先もなく、僅かな資金でもって設立しました。社員は妻一人ですから当初は何もかも全て自分でしなければなりませんでした。 どういう事業をやりたいか、漠然と考えてはいましたが、商品の調達先も具体的には決まっておらず、お客様もこれから探すという状態でした。そんな全くの不確実で、ゼロからのスタートではありましたが、以下の3つのことを志として掲げました。

1.「メーカーになる」
2.「自分で作ったモノを自分で売る」
3.「人の下請けはしない」

これは、”独自性のある機械メーカーになる”という想いから生まれた志でした。


展示会での偶然の出会いから、"コミック包装”の需要を開拓。

最初は、知人や大手メーカーからの引き合いを受け、包装機械を販売して生計を立てていました。

そんなある日、展示会に訪れた来場者のひとりが、「コミックを包装できませんか?」と聞いてきました。当時は包装して売っている本なんて存在しないので、「コミックを包装したら売れないだろう」と思いましたが、困っている様子だったので、話だけでも聞いてみることにしました。

実はその人は当時有名だった書店の幹部で、コミックを包装したいのは「これから漫画本が増えると同時に立ち読みをする人も増え、店は迷惑だし商品も傷んでしまうだろうから」という理由からでした。私はその話に納得し、とあるメーカーに、コミック包装機の開発を依頼し、まず10台販売しました。それが書店との最初の取引でした。

「コミックを包装したら売れなくなる」と、当時は誰もが思っていましたが、実際は、包装されたきれいな本をお客様は求めていました。その姿を見て、「これはいける」と確信し、事業化に踏み込みました。機械を営業車に15、16台積んで会社を出て、空になったら帰社する。北海道から沖縄まで、行商を何年もやりました。


ただ機械を売るのではなく、買ってもらう仕組みをつくる。

私の行動の原点にあるのが、「どうやったらお客さまに喜ばれるかを考える」ということです。
そして「機械は売るのではなく、買ってもらう仕組みを考えるのが仕事だ」と考えています。

当時、書店は盛況で新店が次々にオープンし、開店準備のための人材確保に四苦八苦していました。そこで私は、機械を納品した後にコミックの包装も手伝うことにしました。このサービスを「猫の手包装支援」と呼び、現在も続けています。普通のメーカーは「商品を納品したらさっさと帰ってこい」と言いますが、当社では「納品してもすぐに帰ってくるな。手伝ってこい」となるわけです。

そうすると書店のオーナーが「また新店を出すから、手伝いに来てよ」と言ってくれるようになり、信頼関係が築かれる同時に、売り上げも伸びていきました。

機械の性能をまねするのは容易ですが、こういった売り方はなかなかまねができません。売り方を工夫すると、参入障壁を築くこともでき、こうした取り組みの成果で、当社はコミックシュリンカーで90%以上の圧倒的な業界シェアを維持することができました。



新たな業界への挑戦。

コミックシュリンカーの後も、モノづくりに意欲的に取り組み、書店だけでなくコンビニや図書館などに向けた、各種包装機や防犯システムなどもご提供してきました。

そして、自社の持つ商品の強みや市場を見極め、自社の力量に合った適正規模を深慮した末、2014年に新たにEC事業者様に向けた事業への挑戦を決断しました。この通販支援事業は、今では書店などの店舗支援事業と並ぶ、大きな柱に成長しています。